Five Under

ぬるぬる生きてます。
 
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【2011.01.09 Sunday 】 author : スポンサードリンク | - | - | - |
匣の中の娘二次創作アレンジ 『箱の外の娘』

 
 『嘘というのは、ひどく楽しい。』



□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 入学式の朝。
 今日から三年、お世話になるだろうバスの中では、すでにみっしりと人で溢れていた。とはいえ、ここで一本二本と見送るのも癪な話。それにその様では閉門に間に合いそうもないであろう。
 まるで隙間無く詰め込まれたゴミ袋の中を伸ばした手を頼りに強引に掻き入っていく。
 朝の陽気と相成して、熱気の逃げ場さえないこの匣の中はまるで蒸し風呂のようである。
 ふとそこへただ一角。最後尾の横長の椅子をただ一人物静かな面持ちで座る女性が居た。
 思えば何を勘違いしたのであろう。こんな中にあって、それはさも非常識と言えた。だが、この場において朦朧とした意識の自分にはとてもとても考えの及ぶ話ではなかった。逃げるようにその少女の隣へへたり込むと深く息を吐く。一度二度。二度三度。三度と止めて右向かせれば、暗い瞳と目を逢す。
「君は、僕の横がそんなに嫌なのかい」
「まさか。そんな事は無いさ柚木さん」
 きょとん、と。呆けたような呆れたような、彼女はなんとも微妙な顔を浮かべた。
「勘違いでなければ、君とは初対面の筈だと思うが」
「たしかに初対面だね。君は僕の事を知らないだろうし。僕も君の事はそう詳しくはないよ」
 ゴホンと一つ喉払いに咳を吐く。
「ただウチの学校には大層綺麗な上級生が在籍している、と聞いていたからね」
 そう、彼女はとても綺麗な顔をしていた。
「ほう」
 目を細く、歳様に見えぬ淑女のようにはにかんだその顔には心底どきりとした。
「君は面白いな」
「そうかな」
 まるで裏のない言葉に思わず視線を逸らす。ふとそこでなんともおかしな物が目に入った。
「ところで柚木さん――――」
「加菜子でいい」
「え?」
「君には特別。下の名前で呼んでもいいよ」
 身の近い、それでいて年上の女性の名を呼ぶ覚えはあまりないが、せっかくの好意を無下にするのも浅かろう。
「それじゃあ加菜子さん。一つ尋ねてもいいかな」
「うん。なんだろうか」
 彼女はその膝の上に大きな箱をとても大切そうに抱えていた。
 それをなんだと訊ねれば、「箱だよ」と答える。
 それをなぜだと訊ねれば、「必要だからね」と答えた。
「加奈子。君の箱には何が入ってるんだ?」
 すると加奈子はかぶりを振るう。
「まだ秘密にしておくよ」
 それがなんだか悔しくて、知らず顔にでも出たのであろう。すまないねと加奈子は返した。
「ただ、これは僕の大切な物だからね。おいそれと人に見せるようなつもりはないんだ」
「じゃあ加奈子さん。いつか君が僕を心から受け入れた時がきたならば、箱の中身を見せてはくれないか」
 自分でも驚くような言葉を吐いたものだ。加奈子はそれ以上に驚いた事だろう。ところが彼女はにっこりと
笑った。
「ふふっ。それはいい。きっとそうしよう」
 そういって箱を優しく撫でた。
 あぁ、愛されている。
 なんだかひどく、その箱が羨ましくなった。

【2011.01.08 Saturday 23:22】 author : りゅうと | Novel | comments(0) | trackbacks(0) |
東方二次創作 『獣はまた月に咆ゆ』

  穏やかな日常は、そうであれと一人の女が願ったものであった。
 変わらない日常は、そうであれと一人の女が叶えたものであった。
 それはそれで十分だったはずである。
 ただそう望んだ彼女だけが、いつだって苦しみ喘いでいた。
 わたしは、そんなあいつがひどく羨ましかったんだろう。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 村端に生えた背の高い一本樹の頭には、腰を置くのにちょうどよい枝が伸びている。藤原妹紅はお気に入りのそれへもたれ掛け、一頭近い陽の暖かさに頬を染めた。妹紅にとって昼を済ませた後の何より好きな時間であった。頭の下ではしゃぐ子ども達にも、慣れた今ではそう煩わしくもなくなった頃だ。
「けーねせんせー」
 藍色の鞠を手にした小さな女の子が、耳に届くぐらい大きな声で名を呼んだ。目下せば子ども達の輪へと、けーね先生こと上白沢慧音がゆっくりと歩いてくるのが見える。
 慧音は妹紅の視線に気付くと陽射しに目を細めながら微笑んだ。それを妹紅は何故かも解らぬ気恥ずかしさから、ろくに手も返さず顔を背けてしまう。けれどさして気にした様もなく、駆け寄った子ども達に急かされて「はいはい」と足を急ぐ。
「それじゃあ、今日は何をしましょうか」
 慧音の穏やかな優しい声はとても慈愛に満ちていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カラスが鳴くからかーえろ。
 赤く染まった夕暮れに小さな影が背を伸ばす。
 また明日、また明日。
 手を振りながら別れを交わし、子ども達は散り散りにと家路についた。
「さようなら、けーねせんせい」「さようなら、けーねせんせい」
「はい、さようなら。気をつけて帰りなさい」
 子ども達を見送った慧音は再び寺子屋の門戸をくぐり、自らの書斎へと敷居を跨ぐ。卓座へ向かい筆をとり、半紙へ墨を走らせる。皆の出した宿題へ○や×やと付けていく。あの子この子と×が多いのもご愛嬌。
 秋風が夕餉(ゆうげ)の匂いを届けると思わずお腹がグゥと鳴る。隣のお宅は魚かな。向かいのお宅はお肉かな。
「今夜のおかずは何にしようか」
 そろそろ寒くなる頃だ、鍋の用意もするべきか。どんな料理を作ろうと、文句一つ言わずに食べる妹紅を思い浮かべ、思わずクスリと笑いをこぼした。
 そこへドンドンドン、と。力の限りに叩かれた玄関扉に思わず身を驚かす。叫ぶように名を呼ばれ、慌てて急ぎ戸を開けると三軒隣の若い夫婦が蒼ざめた顔で飛び込んだ。
「なんだい、なんだい?そうも慌ててどうかしたのか」
「先生さん!うちとこの子がまだ帰って来てねぇですだ!」
「なんだって!?」
 一応に振り返り教室を覗く。もう日も暮れる頃だ。隠れん坊でもして忘れている事もあるまい。
「そいつは放っておけないな。私も探すからおまえ達は皆に声掛けて手伝ってもらうんだ。
 心配せんでもきっと大丈夫さ。ちょいと横着が過ぎてるだけだよ」
 日頃と信頼の厚い慧音の言葉に夫婦の顔は不安を消せねどもしっかりと頷いた。


 村にはぐるりと篝火焚かれ、松明を手にした大人達が右往左往と巡り廻る。
「こうも騒々しければ、眠ってた鬼も起きだすってもんだ」
 また慧音の家へご相伴に預かろうかと村に戻った妹紅には、これを否応無しに異変と気づく。普段にのんびりとした村の衆が日も落ちたというのにこの慌て様。知らぬと吐くには無体な話である。
 彼等が方々に呼ぶ声を聞けば、どこかの子供が居なくなったようである。という事は須らく慧音も駆出してるわけで。
「しょうが無いわな」
 このまま聞き逃すには以ての外。トンと踵を返し何処へと駆ける。森を開け、古池覗み、さりとて小半刻と経たぬ内に見慣れた妖怪が行く手に降り立つ。
「今晩は、まるで酔ったような月ですね」
 高く望めば満ちた月。赤々とした顔を拝ませる。
「山の天狗まで十五夜に飛び跳ねるとは知らなかったよ」
「あやややや。これは拙い所を見られてしまいましたね」
 射命丸文は、照れたように葉扇で顔を隠す。
「それで……何を、知ってるんだ」
 確信づいて言い切るも、それに驚く様子も無く。
「手にしたネタはあまり安売りしない主義なんですが――――」
 一歩、両の手を腰添えて妹紅は強く地を踏む。まるでこの森が燃え上がりでもしたような、蒸した熱さに文はじんわり汗を浮かせる。
「ですが、結末の無い記事を書いても面白くはありませんね」
 そう言い反(かえ)し、さも無造作に一扇(いっせん)払えば途端突風が吹き荒ぶ。舞い上がった土埃に妹紅は顔を覆った。
「交換条件といきましょう」
「ブン屋。何を求める」
「そうですね……では、今度にでも貴女とかの女との馴初めについて取材させて貰いましょうか」
 あわや勝負でもかと覚悟したものの、文の意外な申し出に肩を透かす。
「なんだ、そんな事か」
「おや。では快諾頂けるので」
「別に面白い話じゃないさ。お前が記事にする程の事でもない」
「それも構いません。一存に私の趣味ですから」
 ニコリと笑う文の笑顔に何かとても厭気がしたが、これもまた仕方あるまいと諦める。
「実は、先刻にして大柄な妖怪が人の子をその手に抱いて森を駆けていく姿を見まして」
「……それをお前は見逃したってのかよ」
 歯軋む妹紅の睨みを葉扇で払うと、声安らかに否と呈する。だがその上で見据えたように小馬鹿した瞳をなげた。
「勘違いなさらないでください。私には弱きに手を差し伸べるような趣味はありませんよ。この手この耳この眼は、幻想郷のあらゆる興事を見聞すれば書き留める物。ましてやこの身は妖怪です。貴女と床帯びたあれのような半着者ではありません」
 その清々たるや、ゆるりと妹紅の溜息を過ごし、さっと涼やかな風を吹き込んだ。
「お前は憎い奴じゃないが、どうも好きにはなれないな」
「それは残念です」
 もう用は無いと去る妹紅を一つ呼び止める。
「あぁ、そうそう。次いでと言ってはなんですが。こんなものを拾いましてね」
 何処から出したのか、妹紅の足元へと小さな鞠を転がし寄越す。それは何かと手に取れば、べったりと色付いた朱。
「向こうの山の、そのまた向こうの谷の底でしたか。岩壁に穿れた大穴の前にでもあったかと憶えますが」
「確かなんだろうな」
「天狗の鼻に賭けまして。清く正しく誠実にが私の生業です」
 天狗が真実を言う義理は無い。だが、嘘を好しとする意義も持ち合わせては居るまいと納得する。
「その言葉。己以外にも向けて欲しいもんだな」
 深く消えていく妹紅を見届け「それでは」と文も静かに後を着く。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「きっと山の妖怪の仕業だ!奴らが子どもを攫ったんだ!」
 男が鳴一杯に机を叩き、殺気を立てて怒鳴り吐く。
「皆で山の妖怪を退治するぞ!」
 そうだ、そうだと口々叫び、斧や鎌やと手に掴む。
「やめなさい!皆も落ち着くんだ!」
 今にも飛び出しそうな村人達を慧音は必死に押し止めようとも、もはや彼らには承知の沙汰と為しもせず。
「……よし、わかった。ならば私が山へ行こう」
 思っても無い慧音の言葉に、皆々一口に静まり返る。
「先生さ一人にそんな事させるわけにはゆくまいで」
 老いた村長は頭を振るい、皺束ねた顔を更に渋る。
「なに、私だけなら大丈夫だ。それとも、誰か私ほど腕の立つ者は居るまい」
 言葉に詰る村男衆を納得と受け取り、必ず連れて帰ると一言残し慧音は村を発った。


 月光浴びて獣は跳く。足嵩茂る草葉に裾を裂き、低く伸びた枝に頬を打ち、それでも止まることを忘れてひた駆ける。
 山が森の静けさや、谷に聞こえる風吠えにさえ惑う事も要とせぬ。
 ならば何故にも違えぬかといえば、木々に刺さる鴉の如き黒羽がその行く路を誰彼かに教え指していた。
 よく知った匂いのする、物珍しげに眺めた羽が記憶に浮かぶ。何故今宵にこんなモノが?
 しかしそれも然したる疑問にさえならなかったのかもしれない。あの新聞屋ならすでに嗅ぎ付けているであろうと。
 遠く、森の焼けた臭いがした。ついで流れてくる焦げた肉の匂いに涎をわかせ、甘い血の臭いに喉を鳴らす。今一走と足を早め駆けつけた先、見慣れた人物には旧く懐かしい顔を見た。
「妹紅!」
 焔纏う彼女の足に踏み押さえられ、焼け崩れた四肢に身動きを取れない巨躯なる妖怪が息も絶え絶えにか細く呻く。
 妹紅は見つかったとばつの悪い顔にため息を吐く。
「あの馬鹿烏。余計な事を」
「一体なにを――――」
 言葉を遮って、赤い鞠を投げてよこす。それを認めた瞬間、慧音は死にかけた妖怪へと飛び掛る。
「おまえがっ!おまえがああああ!!」
 悲鳴だったのか。嗚咽だったのか。ひどく胸の痛くなるような叫びが何度も何度とこだました。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 十と五つ夜月重ね、今宵は満ち月断りて、団子を摘まみに祭囃子は静やと一献。
「……いつも思うんだ。きっと身勝手なんだろって」
 人の目には遠く離れた木々間から、どんちき騒ぐ村人を眺めて慧音は声を細く震わす。
「私にはこんなことしかしてやれないのか」
 悲しみを失くした人間達は、さぞ幸福な事だろうや。されぞ不始末な事だろうや。
「ーーーーわたしにはどっちが正しいのかなんて知らないさ」
 妹紅は立ち上がり尻を掃う。
「それでも、おまえが人間達を助けたいってんなら……まあ、気が向いたら手伝ってやるよ」
「ありがとう妹紅」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 古い話である。
 見渡せどもまるで先の見えぬほど生え伸びた青竹が右を左を埋め尽くす中、小さな咳子を背に担ぎ、慧音は緑のスカートをはためかせ駆けた。息を荒げ、汗に張り付く髪に目を険締める。
 だが突に、その前へ降り立つ影に足を止める。邪魔とばかりに睨み付ければ、また睨み返する人のような少女。彼女は口から火でも吹くのかと、怒気をはらんだ声で咎む。
「その子供をどうするつもりだ」
「見れば判るだろう!この先に住んでいるという薬剤師に診せに行くところだ!」
 一刻と刹那欲する今間において、余計な手間だと苛立ち返す。
 それを呆れ小馬鹿すように妹紅は渋り顔を見せる。
「冗談かい?最近の妖怪はずる賢いからな」
「私がこの子を食べるとでも思っているのか!」
 言い立て慧音はふと思い出す。竹林には迷い人を助ける奇特な少女が居ると。
「当然だろ。まさか妖怪が人を救うとでも言う気かい」
「人を食わないのも、今私の前に居るようだが」
 その言葉がよほど思い掛けなかったのか、半ば驚いたようにきょとんと見返す少女の顔に、慧音は思わず笑いを零す。
「なにが可笑しいかっ」
 顔を赤らめて怒る少女に、また可愛らしさも覚える。咳払い一つに口整えると慧音は背の子を彼女に向ける。
「いや、すまんすまん。だがそうも言うならば、お前が連れて行けばいい」
 わしゃわしゃと頭を掻き、小事考えた挙げく少女はかぶりを振う。
「いや、お前が背負え。私はその道案内をしてやろう」
「そうかい。まだ礼は言わないでおくよ」
「だったら、わたしもまだ謝らないでおこう」
 道すがら少女は藤原妹紅と名乗った。

【2011.01.08 Saturday 23:12】 author : りゅうと | Novel | comments(0) | trackbacks(0) |
遅くなりすぎましたが、
忘れてました。すいません。
「HELLSINK 第一話」書き直しました。
ほぼ後半を書き直して本編に通すようにしましたが、正直まんまなのでどうかなぁってのもあります。
まあもちょっと先にいけば遊べるんですが。
とりあえず次回は東方予定かな。
【2008.01.27 Sunday 22:04】 author : りゅうと | Novel | comments(0) | trackbacks(0) |
『 HELLSINK ♯01 』
 窪んだ空には浮き出た月よ。
 落ちて来たのは彼方から。
 昇って来たのは此処路(こころ)から。

 流した涙は幾星屑、
 零れた血潮の天の河。

 止まるべくならいざ知らず、
 奔り惚けてまた明日。

 病(や)めて誉(よ)して茶話(さわ)らないで。
 あぁ、世知辛いや世知辛い。
 せめて笑って澄まそうか。
続きを読む >>
【2008.01.13 Sunday 16:16】 author : りゅうと | Novel | comments(0) | trackbacks(0) |
『FolkloreChain』#003
>FolkloreChain


>ChainTillTheEnd
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>りゅうと
>Start


>7


 反魂、という儀式がある。
 死者の魂をあの世からこの世へ。反させる。
 黄泉返りの儀式である。
 けれども、一度は黄泉へと昇った魂が、以前と同じで返ろうものか。
 万物は変化と共にある。魂さえもそれは同じ。黄泉へ逝けばそれに相応しく魂の有り様は変わる。反魂をモチーフにした物語は幾多もあるが、それが成功した試しはない。黄泉返るのは、いつだって怪物だ。死者が虚ろは異形として現れる。
 そう、反魂の儀なんて、後悔以外の何者も生みはしないのだ。
 死者をどうこうしようなどと因果に反する行為、成就しようはずがない。


>8


 最も人に信頼される情報源とは、マスコミではない。
 生きた人間だ。
 新聞、テレビ、ラジオ、インターネット、そのいずれより、クチコミこそが最も影響を与える。情報化社会と謳われようが、人間が生きている限りそれは変わらない。SFに出てくるような他者と全く触れ合いのない隔絶社会が実現されれば違うだろうが、そうなる可能性は低いだろう。人間は、いや動物は、生物は、他者との交わりなしには生きられない。
 さて、生きた人間だ。
 生きた人間が語る言葉を、人は信じてしまいやすい。
 身振り手振り、その場の空気、語り手の存在感――
 時に、強迫的にさえ、言葉は力を持つ。
 都市伝説が生まれる背景には、こういう事情がある。
 非科学的。矛盾がある。聞いたことがない話だ。それがどうした。眼の前の人がそう言っているのだ、きっと本当なのだろう。そんな風に都市伝説は信じられて、広がっていく。
 だから、都市伝説を調べるなら、現地に赴くのが一番だ。
 事実、東藤育孝はそうした。
 少し場違いな感じに、くたびれたスーツの男が繁華街を歩いて行く。
 目的地は、ビルの地下に位置する、若者向けのドリンクバーである。

「なあ、東藤サン。客は客。神さまだ。けど、TPOって知ってるかい?」
 ドリンクバーのカウンター席についた東藤育孝は、早速バーテンダーから文句をもらった。
「時と場所と場合。うちに来るときゃ、身嗜みに気を使ってくれ。悪目立ちしてるんだ」
「そいつあ悪かったな」
 肩を竦めながら、東藤。少しも悪びれた様子はない。
 もっとも東藤育孝が少しばかりお洒落をしても、この場からは浮くだろう。なんせ歳が歳、三十路も半ばだ。この店は二〇代、一〇代の客が多い。どうしても浮いてしまう。美形とは言わずとも男前の顔つきであるが、浮いてしまうもんは浮いてしまうのだ。仕方がない。バーテンダーもそれ以上は言わない。
 ところで、この店には一〇代の客もいると言った。
 酒を振る舞う店に、だ。
 つまりは、そういう、不良な若者の溜まり場でもある店なのだ。
 ゆえに、自然、おかしな話――都市伝説も耳に入る。
 このバーテンダー、もといドリンクバーのマスターは、そんな話に惹かれて、いつの間にか情報屋業もやり出していた男だ。彼にとっては趣味の副業である。
 今回霊能探偵が街に赴いたのは、彼に会うためだ。
 ノンアルコールドリンクに口をつけながら、東藤から本題に入る。
「で、どんな話を仕入れた?」
「いくら?」
「話を聞いてからだ」
「嫌なら嫌でいいぜ? こっちは困らない」
「……ったく。分かった、これでどうだ」
 幾札か財布から取り出して、東藤はマスターにそれを手渡す。
 受け取って、それを数える。
「――へえ、奮発したじゃねえか」
 いつもの倍近い額である。
「くだらねえ話だったら返してもらうからな」
 情けないことに、ギリギリの出費だった。
 東藤は、一応、この男を信用している。
 だからこその――彼にとっての、という枕詞が必要になるが――大金である。
「怖い顔しなさんな。安心しろ、とびっきりの話だ――」

 近頃、死者が黄泉返っているらしい。
 どういう意味だ?
 そのまんまの意味だよ。
 死んだ人間が生き返っている。
 信じられねえ話だ。
 けど、これの生き証人もいる。
 仮に、タロウくんとしようか。
 ……ネーミングセンスがないとか言うな。
 このタロウくんだがな、ダチが事故ったそうだ。大変な事故でな。飲酒運転していた友人がトラックと正面衝突して爆発炎上の大惨事に遭ったらしい。新聞にも載った事故だ。俺もその新聞を見て、その事故を知っている。
 ここまでなら不幸な話。
 ここからが、奇妙な話。
 ところが、な。しばらく経ったある日、その友人が元気に姿を現したそうだ。事故のこと聞いても憶えちゃいねえ。タロウくんが新聞の記事見せても、そいつは首を傾げて、人違いじゃない、と言ったり、そいつ自身にも事情がよく分からない風だったらしい。
 けど、ありゃあ、確かにこの友人で、ありゃあどう見ても即死事故だった。
 どう思う? 
 黄泉返り、それ以外に説明できるか?
 似た話はいくつも出回っている。
 黄泉返りが、流行っている――


>9


 ブチブチブチブチ、と音がした。
 それを聞いたのは東藤探偵事務所で留守番していた黒猫だ。
 ブチブチブチブチ。
 隣の部屋、睦月咲子が眠っているはずの東藤育孝の自室からだ。
 女が帰った後、黒猫は独り。同居人ならぬ同居猫としての責任感はある。
 ひょいとソファから飛び降りて、器用に身体で扉を押し開けて――
「探偵、さん?」
 少女が訝しむ声。
 それを塗り潰すようにブチブチブチブチという音が部屋に木霊する。
 部屋の明かりは点いていない。が、ブラインドの隙間から差しこむ明かりで、部屋の中は薄暗くも見渡せる。
 ブチブチブチブチ、ブチブチブチブチ――
 部屋は狭く、調度品はベッドと箪笥、本棚くらいしかない。
 霊能探偵に救いを求めた少女は、ベッドの上に、いた。
「あの、暗いし、身体も動かせないんですけど、どうなっているんです? 探偵さん?」
 少女の暢気な声は、きっと状態を理解していない。
 睦月咲子はベッドの上に、いる。
 が、立っているとも座っているとも形容できない。
 彼女の肉体には口が裂ける以上の変化が起こっていた。
 もはや人型ですらない、異形の怪物だ。
 ブチブチブチブチとは肉が裂ける音。裂けているのは少女の肢体。手が脚が腹が胸が裂けて内より異形の肉が伸び生える。寄生虫に身の内より犯される矮小な虫がごとく。
 肉体の裂け目から、粘液でぬめった肉の触手が現れる。
 うねうねと、こいつらは意志を持つかのように蠢いて、少女の身体を玩ぶ。
 眼孔からも触手は生えている。のに、それ以外に少女の首から上に変化がないのがより残酷だった。この怪物が睦月咲子であることを、見る者に一目で分からせる。完全に睦月咲子でなくっていた方が、かえって安心したかも知れない。
「探偵、さアアアアアアアン――」
 声質が、変わった。
 いよいよ舌まで変化を起こした。
 黒猫の毛が逆立った。
 恐怖の表れか、それともなにか行動の前触れか――
 その前に、今度は背後から、声がした。
「こんにちは。迎えに来たましたよ」
 知らぬ声に、黒猫は振り返ろうとして――

 東藤探偵事務所より離れたところ。
 日本刀を携えた、女は、妖なる気配を感じた。
「――誤ったか!」
 赤いバイクは壊れて使えない。今は自分の脚で走るのみ。
 人波?き分けて先までいた場所に、急ぐ。

「ううむ、こんなんで、いいものか」
 ヘルメットの中、東藤育孝は幾度も同じことを呟いていた。
 ドリンクバーを後にして、事務所に帰る途中。
 彼が跨るバイクにはケーキの包みがある。
 彼を待つ少女と、そして黒猫への、土産である。
 黒猫が実は甘いもの好きなのは良しとして、問題は睦月咲子だ。彼女の嗜好が分からない。果たして黒猫の好みに合わせて買ってしまってよかったものか、東藤育孝は悩んでいた。
 まあ、買ってしまったものは仕方がない。
 そう結論して、東藤は悩むのをやめた。
 ベスパのアクセルを握り込む。
 速度を上げる。


>10


 ――轟音。
 瓦礫破片が街に降り注ぐ。
 爆発は噴煙甚だしく、周囲を曇らせた。
 東藤探偵事務所が居を構える雑居ビルが爆発によって瓦解したのを、帰らんとする二人は、まだ知らない。


>ToBeContinued
>ChainedToTheNext
>りゅうと
>GoodLuck

【2006.06.29 Thursday 01:13】 author : りゅうと | Novel | comments(0) | trackbacks(0) |
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