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りゅうと
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反魂、という儀式がある。
死者の魂をあの世からこの世へ。反させる。
黄泉返りの儀式である。
けれども、一度は黄泉へと昇った魂が、以前と同じで返ろうものか。
万物は変化と共にある。魂さえもそれは同じ。黄泉へ逝けばそれに相応しく魂の有り様は変わる。反魂をモチーフにした物語は幾多もあるが、それが成功した試しはない。黄泉返るのは、いつだって怪物だ。死者が虚ろは異形として現れる。
そう、反魂の儀なんて、後悔以外の何者も生みはしないのだ。
死者をどうこうしようなどと因果に反する行為、成就しようはずがない。
>8
最も人に信頼される情報源とは、マスコミではない。
生きた人間だ。
新聞、テレビ、ラジオ、インターネット、そのいずれより、クチコミこそが最も影響を与える。情報化社会と謳われようが、人間が生きている限りそれは変わらない。SFに出てくるような他者と全く触れ合いのない隔絶社会が実現されれば違うだろうが、そうなる可能性は低いだろう。人間は、いや動物は、生物は、他者との交わりなしには生きられない。
さて、生きた人間だ。
生きた人間が語る言葉を、人は信じてしまいやすい。
身振り手振り、その場の空気、語り手の存在感――
時に、強迫的にさえ、言葉は力を持つ。
都市伝説が生まれる背景には、こういう事情がある。
非科学的。矛盾がある。聞いたことがない話だ。それがどうした。眼の前の人がそう言っているのだ、きっと本当なのだろう。そんな風に都市伝説は信じられて、広がっていく。
だから、都市伝説を調べるなら、現地に赴くのが一番だ。
事実、東藤育孝はそうした。
少し場違いな感じに、くたびれたスーツの男が繁華街を歩いて行く。
目的地は、ビルの地下に位置する、若者向けのドリンクバーである。
「なあ、東藤サン。客は客。神さまだ。けど、TPOって知ってるかい?」
ドリンクバーのカウンター席についた東藤育孝は、早速バーテンダーから文句をもらった。
「時と場所と場合。うちに来るときゃ、身嗜みに気を使ってくれ。悪目立ちしてるんだ」
「そいつあ悪かったな」
肩を竦めながら、東藤。少しも悪びれた様子はない。
もっとも東藤育孝が少しばかりお洒落をしても、この場からは浮くだろう。なんせ歳が歳、三十路も半ばだ。この店は二〇代、一〇代の客が多い。どうしても浮いてしまう。美形とは言わずとも男前の顔つきであるが、浮いてしまうもんは浮いてしまうのだ。仕方がない。バーテンダーもそれ以上は言わない。
ところで、この店には一〇代の客もいると言った。
酒を振る舞う店に、だ。
つまりは、そういう、不良な若者の溜まり場でもある店なのだ。
ゆえに、自然、おかしな話――都市伝説も耳に入る。
このバーテンダー、もといドリンクバーのマスターは、そんな話に惹かれて、いつの間にか情報屋業もやり出していた男だ。彼にとっては趣味の副業である。
今回霊能探偵が街に赴いたのは、彼に会うためだ。
ノンアルコールドリンクに口をつけながら、東藤から本題に入る。
「で、どんな話を仕入れた?」
「いくら?」
「話を聞いてからだ」
「嫌なら嫌でいいぜ? こっちは困らない」
「……ったく。分かった、これでどうだ」
幾札か財布から取り出して、東藤はマスターにそれを手渡す。
受け取って、それを数える。
「――へえ、奮発したじゃねえか」
いつもの倍近い額である。
「くだらねえ話だったら返してもらうからな」
情けないことに、ギリギリの出費だった。
東藤は、一応、この男を信用している。
だからこその――彼にとっての、という枕詞が必要になるが――大金である。
「怖い顔しなさんな。安心しろ、とびっきりの話だ――」
近頃、死者が黄泉返っているらしい。
どういう意味だ?
そのまんまの意味だよ。
死んだ人間が生き返っている。
信じられねえ話だ。
けど、これの生き証人もいる。
仮に、タロウくんとしようか。
……ネーミングセンスがないとか言うな。
このタロウくんだがな、ダチが事故ったそうだ。大変な事故でな。飲酒運転していた友人がトラックと正面衝突して爆発炎上の大惨事に遭ったらしい。新聞にも載った事故だ。俺もその新聞を見て、その事故を知っている。
ここまでなら不幸な話。
ここからが、奇妙な話。
ところが、な。しばらく経ったある日、その友人が元気に姿を現したそうだ。事故のこと聞いても憶えちゃいねえ。タロウくんが新聞の記事見せても、そいつは首を傾げて、人違いじゃない、と言ったり、そいつ自身にも事情がよく分からない風だったらしい。
けど、ありゃあ、確かにこの友人で、ありゃあどう見ても即死事故だった。
どう思う?
黄泉返り、それ以外に説明できるか?
似た話はいくつも出回っている。
黄泉返りが、流行っている――
>9
ブチブチブチブチ、と音がした。
それを聞いたのは東藤探偵事務所で留守番していた黒猫だ。
ブチブチブチブチ。
隣の部屋、睦月咲子が眠っているはずの東藤育孝の自室からだ。
女が帰った後、黒猫は独り。同居人ならぬ同居猫としての責任感はある。
ひょいとソファから飛び降りて、器用に身体で扉を押し開けて――
「探偵、さん?」
少女が訝しむ声。
それを塗り潰すようにブチブチブチブチという音が部屋に木霊する。
部屋の明かりは点いていない。が、ブラインドの隙間から差しこむ明かりで、部屋の中は薄暗くも見渡せる。
ブチブチブチブチ、ブチブチブチブチ――
部屋は狭く、調度品はベッドと箪笥、本棚くらいしかない。
霊能探偵に救いを求めた少女は、ベッドの上に、いた。
「あの、暗いし、身体も動かせないんですけど、どうなっているんです? 探偵さん?」
少女の暢気な声は、きっと状態を理解していない。
睦月咲子はベッドの上に、いる。
が、立っているとも座っているとも形容できない。
彼女の肉体には口が裂ける以上の変化が起こっていた。
もはや人型ですらない、異形の怪物だ。
ブチブチブチブチとは肉が裂ける音。裂けているのは少女の肢体。手が脚が腹が胸が裂けて内より異形の肉が伸び生える。寄生虫に身の内より犯される矮小な虫がごとく。
肉体の裂け目から、粘液でぬめった肉の触手が現れる。
うねうねと、こいつらは意志を持つかのように蠢いて、少女の身体を玩ぶ。
眼孔からも触手は生えている。のに、それ以外に少女の首から上に変化がないのがより残酷だった。この怪物が睦月咲子であることを、見る者に一目で分からせる。完全に睦月咲子でなくっていた方が、かえって安心したかも知れない。
「探偵、さアアアアアアアン――」
声質が、変わった。
いよいよ舌まで変化を起こした。
黒猫の毛が逆立った。
恐怖の表れか、それともなにか行動の前触れか――
その前に、今度は背後から、声がした。
「こんにちは。迎えに来たましたよ」
知らぬ声に、黒猫は振り返ろうとして――
東藤探偵事務所より離れたところ。
日本刀を携えた、女は、妖なる気配を感じた。
「――誤ったか!」
赤いバイクは壊れて使えない。今は自分の脚で走るのみ。
人波?き分けて先までいた場所に、急ぐ。
「ううむ、こんなんで、いいものか」
ヘルメットの中、東藤育孝は幾度も同じことを呟いていた。
ドリンクバーを後にして、事務所に帰る途中。
彼が跨るバイクにはケーキの包みがある。
彼を待つ少女と、そして黒猫への、土産である。
黒猫が実は甘いもの好きなのは良しとして、問題は睦月咲子だ。彼女の嗜好が分からない。果たして黒猫の好みに合わせて買ってしまってよかったものか、東藤育孝は悩んでいた。
まあ、買ってしまったものは仕方がない。
そう結論して、東藤は悩むのをやめた。
ベスパのアクセルを握り込む。
速度を上げる。
>10
――轟音。
瓦礫破片が街に降り注ぐ。
爆発は噴煙甚だしく、周囲を曇らせた。
東藤探偵事務所が居を構える雑居ビルが爆発によって瓦解したのを、帰らんとする二人は、まだ知らない。
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りゅうと
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